Jintrick.netagenda2009年02月アーカイブ → 2009年02月01日

ナビゲーションと広告は峻別すべき

ナビゲーションとは何か、そしてそれは「分離」すべきなのか (agenda)が抽象的すぎるので補足。まずは最初の段落から。

しかしながら、製作者側はユーザーの目的を正確に知ることができない。知っているのはユーザーがそのハイパーテキストノードを閲覧しているという事実だけであり、そこから目的地を推測するしかない。この時推測される目的地は、正にそのハイパーテキストノードと深く関係しているはずだ。そして、そのようなリソースへのリンクを提供することは、ハイパーテキストシステムにおける各ノードの主要な役割である。真のナビゲーションに接近する方法として、製作者側が取れる、あるいは取るべき手段は、そのハイパーテキストノードを中心としたリンクを提供してやることだけである。私はこのようなリンクを論理的なリンクと呼んでおり、殊更にナビゲーションと呼んでコンテンツと区別しない。何故なら、論理的なリンクはハイパーテキストノードにとってコンテンツと同義といっても過言ではないからだ。

たとえばそのサイトのホームページを閲覧しているユーザーに対しては、そのサイトについてより知ろうとする動機を推測することができるため、グローバルナビゲーションをはじめとした豊富なナビゲーションを提供することができる。サイト内の文書へのリンクはすべて論理的なリンクである。逆にただの一記事であれば、その記事に類似した文書や記事の著者に関する情報、コンテクスト等へのリンクが論理的であり最も目立っていなければならないが、全然関係のない同サイト内の別セクションに導く「グローバルナビゲーション」は非論理的な邪推に過ぎず、広告に近い。

非論理的なリンクは全て、ナビゲーションではない。それはユーザーを彼らの目的に導くものはなく、新たな目的を持たせるよう誘導しようとするものだ。広告と大差ない。広告的なリンクを否定するつもりはないが、ナビゲーションとは峻別すべきだ。ナビゲーションのあるべき本当の姿を考察するとき、「広告」を一緒くたにしてはいけない。


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公開: 2009年02月01日
カテゴリ: ウェブデザイン ,ユーザビリティ ,(ハイパー)リンク