Jintrick.netagenda2002年10月アーカイブ → 2002年10月12日

読書

作者が讀者の意表を突く事を最大の目標に書いてゐる、と云ふ事に氣附いて以來、ミステリもSFも俺の興味の範疇から外れた。

闇黒日記(平成14年10月11日) より

こういう話があります。

目をキラキラ輝かせて「それで? それで?」と聞き返してくる相手の反応を楽しむという悪戯。

無意識に感じてゐる事を、まざまざと實感させて呉れるやうな文章しか、讀む氣がしない。

闇黒日記(平成14年10月11日) より

私は精神的経験になるものならどんなものでも読みます。似たような事を下手くそに言い換えている可能性がありますが。

周りには、知的経験としての読書しかしない輩が多くて困ります。

それらを知って「なるほど」と言いたいのか。「なるほど」と言う為の読書など止めてしまえ、……と言いたくて言いたくてたまらない今日この頃なのですが、結局言えない自分がここに。そういう愉しみがあるのも事実。

知性にアイデンティティを感じている人には、未知の感性が沢山ある。ところが、「知る」という行為は頭で知ることだとしか考えないものだから、「感性を知る」という行動は定義さえされないんですな。困ったものです。

某協会の長老たちは素晴らしい人生を送っているのだと言ったら、馬鹿にされました。「敬虔な祈り」といったものを経験したことも無ければ知りたくも無いのでしょう。知ろうしないのは馬鹿であり、故に私はそういうインテリが大嫌いです。ちなみに恥ずかしながら私は無宗教。

一度は経験した感性であっても、頭で否定できればそれらは全部「嘘」。それじゃああなた、理解できない人間が増えてゆくだけですよ。理解できない人たちを心の内でへらへら笑っているくらいなら、「生活者」の人生の方が余程ましだとは思わないか。

何の為の読書か。


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公開: 2002年10月12日
カテゴリ: misc